日本の美容師の歴史

日本の美容師の歴史

江戸時代が終えて明治維新の文明開花までの日本人のヘアスタイルは、ほとんどが女性がストレートヘアで、地位の高い女性ほどロングの黒髪を競っておりました。

 

一般の女性の髪型は、多少は短くしてましたが、ストレートで地毛黒色の毛髪を後ろに束ねたりして動きやすくしていました。

 

 

 

男性はチョンマゲが多かったもですが長髪でいた人や後ろに束ねて結んでいた人が多かったようです。

 

明治時代の始めには西洋からの文化導入の影響を受けて「チョンマゲ廃止=断髪令」も発令されて大騒ぎになったそうです。

 

 

 

昭和時代になってから、それまで理容師法だけだったのに対して女性のために「美容師法」が独立して現在の美容師法の土台になっております。

 

この美容師法では「美容とはパーマネントウェーブ、結髪、化粧などの方法により容姿を美しくすること」定められています。

 

 

 

大正時代には初の「東京女子美髪学校」が認可され「女髪結」の師匠たちによって設立されました。

 

当時は「美容」という言語は使われて無かったために「美髪」という名称を使用していました。
学校の教科には「美顔術」と「皮膚の生理と病理」「衛生管理」が必須となり医学的知識の習得を運がしていました。

 

 

 

昭和時代には東京に「日本女子美容術学校」が設立されたことに続いて「大阪美髪女学校」が設立されました。

 

その後の第二次世界大戦の収束とともに占領国であるアメリカの指導と影響によって、女性のための美容室や男性用の床屋も現代のものにつながる近代的なものに代わって行きました。